放送ウーマン賞

放送ウーマン賞2016

放送ウーマン賞は、番組やドラマなど作品に差し上げるのではなく、毎年、放送界で活躍し優れた功績をあげた女性にエールを贈るという意味で差し上げています。

今年度は、12月15日と1月12日の2回にわたって選考会を行い、22名の候補から絞っていきました。そして、2016年は「放送と通信の融合」がさらに進んだだけでなく、障害のある人々について、色々と考えさせられる年でもあったことから、NHK Eテレ「バリバラ」レギュラー出演者の大橋グレース愛喜恵さん、株式会社イースト・エンタテインメントの松本彩夏さんの両者に決定いたしました。

(放送ウーマン賞2016選考委員長 鷹西美佳)



放送ウーマン賞2016 受賞者

大橋グレース愛喜恵 (おおはし ぐれーす あきえ)さん

1988年 福島県生まれ。高校在学中に柔道のアメリカ代表候補に選ばれ渡米。7年前に多発性硬化症など、国の指定難病を複数発症。現在は、自立生活夢宙センターのスタッフとして、重度障害がある自分自身をロールモデルに、「どれだけ重度の障害があっても、医療的ケアが必要でも、地域でも自分らしく生きることができる」ことを伝えたいと、特に、アドボカシー活動(自己の権利を表明することや社会問題に対して訴えかける活動)を行いながら、楽しく自立生活を実践中。また、NHK Eテレ『バリバラ』(毎週日曜19:00-19:30放送)のレギュラー出演者の一員。

贈賞理由

「バリバラ」は、すべてのマイノリティーの人たちにとってのバリアをなくすために、皆で考えようというコンセプトのもと、本音と笑いが満載のNHK Eテレの情報バラエティー番組。大橋グレース愛喜恵さんは、番組開始当初からのレギュラー出演者で、3つの難病を抱えながら「障害があっても、自分らしく生きる」を実践し、番組を通じて積極的に発信してきました。2016年は、日本テレビの「24時間テレビ」と同じ日に生放送した「バリバラ」に出演するなど、特にその活動が際立った大橋さんに敬意を表し、放送ウーマン賞をお贈りします。

受賞者挨拶

 「いまだに私が受賞していいのか、実感がわかない…」と、話し始めた大橋さんは、画面で見る姿より少し緊張気味。「NHKの番組『バリバラ』にかかわり始めたのは6年前で、ずっと葛藤し続けた年月だったが、伝え続けることに大きな意味があったと思う」と話し始めました。
「去年は7月に相模原で障害者施設殺傷事件が起きたが、“他人のことを構う余裕がない社会”が浮き彫りになった事件ではないかと思う。また、2016年4月1日に『障害者差別解消法』が施行されたが、メディアでなかなか取り上げられないのも事実。これからメディア側の描き方が変わることを信じて、一緒に考えられたらいいなと思う。
また、障害者は可哀そう…というだけではない姿を知ってもらいたい。
そして、いずれはどの番組にも障害者が普通に出られるような社会であって欲しい」と語りました。

放送ウーマン賞2016 受賞者

株式会社イースト・エンタテインメント

松本 彩夏(まつもと さやか)さん

1977年東京都生まれ。2000年に慶応義塾大学を卒業後、株式会社イースト(現・イースト・エンタテインメント)に入社。一貫して制作現場に身を置き、独自の感性を生かした番組作りを行っている。「私の10のルール」(TBS)、「世界は言葉でできている」(フジテレビ)、「階段のうた」(TBS 第49回ギャラクシー賞選奨受賞)など。現在も「ボクらの時代」(フジテレビ)、「テラスハウス」(Netflix・フジテレビ)のプロデューサーを務めながら3歳の愛息の子育て真っ最中である。現在、株式会社イースト・エンタテインメント 執行役員第一制作本部チーフプロデューサー。

贈賞理由

テレビ番組や動画コンテンツがスマートフォンやタブレットで簡単に見られるようになり、放送と通信の融合が一段と進んだのが2016年でした。新たな局面を迎え、各社・各制作人が模索を続ける中、一つのコンテンツを放送からネット・映画にまで見事に開花させ、新たな時代を切り開いたのが松本彩夏さんです。若い世代を中心に幅広い人々の支持を受け、斬新なソフト作りに邁進する松本さんの今後に大いに期待を寄せて放送ウーマン賞をお贈りします。

受賞者挨拶

「もったいない賞をいただいて、ありがとうございます。今、お腹が痛いです。」と、会場の笑いを誘った松本さん。「授賞のきっかけになった番組『テラスハウス』がここまで育つには多くの人の力があり、チームで貰ったもの」と、まず、関係者の名前を挙げて感謝を述べられました。
3年前に出産されたあとは、子育てをしながら、しなやかに仕事をしている女性の先輩から大きな勇気をもらったそうです。母親になってからは「今している仕事は、子供と一緒の時間を削ってでも、したい仕事だろうか?」という視点が加わり「本当にしたいことが見えてきて、仕事に迷いがなくなった。育児を手伝ってくれる母と、無償の愛を注いでくれる息子に感謝します」と語りました。
また、「テレビとネットの連動は必須ではない。私はTV番組を作りたくてこの世界に入り、今でもテレビが一番だと思っている。作り手としては器用ではないが、“強いソフトを作ることが何よりも大切”で、いろいろなものは後からついてくる」と経験を通した熱い思いを述べられました。